論文紹介
Yano, K., Kase, T., & Oishi, K. (2020). Sensory processing sensitivity moderates the relationships between life skills and depressive tendencies in university students. Japanese Psychological Research. doi: 10.1111/jpr.12289
研究の背景
近年,抑うつをはじめとするメンタルヘルスの問題は,年代や性を問わず,各国で深刻化しています(GBD 2017 Disease and Injury Incidence and Prevalence Collaborators)。このような現状から,様々な年代を対象に心理的な介入を行う試みがなされてきました。Highly Sensitive Personへの関心が高まっている昨今では,「感受性が高い人と低い人では,介入の効果に違いが見られるのか」という観点から,いくつか研究が行われるようになってきています。
例えば,ヨーロッパの児童を対象に,抑うつ傾向,またはいじめ行動の低減を目的とした心理教育プログラムを実施したところ,感受性が高い人ほど効果が見られたと報告されており(Nocentini et al., 2018; Pluess & Boniwell, 2015),日本の高校1年生を対象とした研究でも同様の傾向が再現されています(Kibe et al., 2020)。その一方で,日本の大学生に10分間の大縄跳びを行ってもらい,その前後での気分の変化を調べた研究では,様々な刺激を知覚する閾値の低い人(※この「閾値の低さ」は,感受性が高い人の特徴の一つでもあります)は,気分の安定度が低下したものの,閾値の高い人(つまり,感受性の低い人)においては安定度に変化は見られず,むしろ快適な気分が高まったことが示されています(雨宮・坂入,2018)。
これらの研究に鑑みると,仮にメンタルヘルスの改善を目的とした介入を行う場合,感受性が高い人と低い人との間では効果的な介入方法に違いが見られる,言い換えれば,メンタルヘルスの改善や悪化につながる要因が両者の間で異なると推測できます。そこで,私たちの研究では,日常生活で生じた問題に対処するためのスキルである「ライフスキル」という要因に注目し,日本人大学生のメンタルヘルスと関連するライフスキルの種類が,感受性の程度によって異なるかどうかを検討しました。
研究方法
研究の対象となったのは,全国の大学生868名です(男性385名,女性483名)。平均年齢は19.8歳(標準偏差1.3歳)でした。すべての対象者には,感受性,ライフスキル,抑うつ傾向の程度を測定するための質問紙(アンケート)に回答して頂きました。
なお,この研究で測定されたライフスキルの種類は,①計画性や情報要約などの効果的な問題解決を行うのに必要な「意思決定スキル」,②他者の気持ちを想像し,共感や配慮を表すのに必要な「対人関係スキル」,③自分の考えや気持ちを積極的かつ効果的に伝えるのに必要な「効果的コミュニケーションスキル」,④自分の感情をコントロールするのに必要な「情動対処スキル」の4つでした(嘉瀬ほか,2016)。
研究の結果
統計的な分析を行ったところ,以下に示すように,感受性の程度に応じて,大学生の抑うつ傾向と関連するライフスキルの種類は異なることが示されました。
【感受性が高い大学生】
対人関係スキルと情動対処スキルが高いほど,抑うつ傾向は低い。
【感受性が低い大学生】
対人関係スキルと意思決定スキルが高いほど,抑うつ傾向は低い。
これらの結果について,論文の中では,以下のように考察しています。まず,感受性が高い人は,サポーティブな環境下で肯定的感情が喚起されやすいだけでなく,ストレス状況下で否定的な感情が高まりやすいため(Pluess et al., 2020),それを上手くコントロールするためのスキルが重要であると考えられます。
次に,感受性が高い人の特徴として,「様々な情報を吟味した上で行動する傾向がある」ということが挙げられています(Aron et al., 2012)。逆を言えば,感受性が低い人は周囲の情報に注意を払わず行動してしまう傾向があると考えられますので,彼らには行動を起こす前に情報を整理して計画を立てるようなスキルが重要であると推測しました。
最後に,対人関係スキルが高い人ほど,困ったときに他者からの支援を受けやすいと示唆されていますので(嘉瀬ほか,2013),このスキルは感受性の程度に関わらず,抑うつ傾向の低さに関連すると考えられます。
研究から示唆されることと今後の展望
この研究から,仮に大学生を対象としてライフスキルを高めるような介入を行う場合,重点を置くべきスキルは,感受性の程度によって異なることが示唆されました。このような結果は,冒頭でご紹介したメンタルヘルスの問題を解決していく上で,重要な情報となり得ることが期待されます。
しかし,私たちの健康増進を目的とした研究において,まだまだ感受性の個人差を踏まえた検討は,数が少ないのが現状です。今後は,今回のような基礎的な検討だけでなく,実践的な研究の結果も踏まえて,感受性が高い人と低い人のそれぞれに,どのような介入が有効であるかを明らかにしていくことが求められるでしょう。
文献
雨宮 怜・坂入洋右(2018).一過性の運動実践が敏感な個人の気分に与える影響についての試験的検証 パーソナリティ研究,27,83–86.
Aron, E. N., Aron, A., & Jagiellowicz, J. (2012). Sensory processing sensitivity: A review in the light of the evolution of biological responsivity. Personality and Social Psychology Review, 16, 262–282.
GBD 2017 Disease and Injury Incidence and Prevalence Collaborators (2018). Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 354 diseases and injuries for 195 countries and territories, 1990-2017: A systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2017. Lancet, 392, 1789‒858.
嘉瀬貴祥・遠藤伸太郎・飯村周平・大石和男(2013).大学生におけるライフスキルと攻撃性および精神的健康の関連 学校保健研究,55,402‒413.
嘉瀬貴祥・飯村周平・坂内くらら・大石和男(2016).青年・成人用ライフスキル尺度(LSSAA)の作成 心理学研究,87,546–555.
Kibe, C., Suzuki, M., Hirano, M., & Boniwell, I. (2020). Sensory processing sensitivity and culturally modified resilience education: Differential susceptibility in Japanese adolescents. PLoS ONE, 15(9), e0239002.
Nocentini, A., Menesini, E., & Pluess, M. (2018). The personality trait of environmental sensitivity predicts children’s positive response to school-based antibullying intervention. Clinical Psychological Science, 6, 848–859.
Pluess, M., & Boniwell, I. (2015). Sensory-processing sensitivity predicts treatment response to a school-based depression prevention program: Evidence of vantage sensitivity. Personality and Individual Differences, 82, 40–45.
Pluess, M., Lionetti, F., Aron, E. N., & Aron, A. (2020, August 19). People differ in their sensitivity to the environment: An integrated theory and empirical evidence. https://doi.org/10.31234/osf.io/w53yc
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